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DRILLOOOON!!!!

だいたい1000字くらいで20歳の夏の思い出を書き溜めます。

世の中、ずるいやつばかり。

蝉のように生きられたなら、と彼女は言った。

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もうすぐそこに夏が来ていた。

明日にでも梅雨は明けて、湿気と体調不良に悩む現代人たちは「クーラーをつけっぱなしにすること」への罪悪感を覚え始めるのだろう。

 

彼女はいつものように、図書館の5階の書庫の一番奥にいた。
灰色のパーカーのフードを深くかぶり、綿のスニーカーを脱ぎ捨てて。
個人用の勉強机の椅子の上で膝を抱いて、窮屈そうに眠っている。
僕が向かいの席に腰を下ろしてMacbookを開くと、ちょっとだけ顔をこちらに向けて迷惑そうな視線を投げてきた。

 

彼女は集団には染まらない。
いつもひとりで丸まっていた。

 

「今は私だけの時間を過ごしていたいんだ」
「そのうち、地上に出なきゃいけない時が来るってことも知ってるけど」

 

誰もが一度は考えたことがあるようなセリフをつらつらと吐く彼女のことを僕は羨ましく思った。

彼女は本当に自由だった。
誰とも深く交わることなく、自分だけの時間を過ごしている。
好きな音楽を聴いて、好きな服を着て、毎日好きにしていた。

日の当たる地上で生きているはずの僕だけど、そんな彼女のことが羨ましいと思う。

 

アナトール・フランスはこう言った。
「もし私が神だったら、青春を人生の終わりにおいただろう」

 

僕はこの言葉に蝉の一生を思い浮かべる。
彼らは、土中の生き物だ。
そして、人生最後の一週間だけ「地上」に出てきて、人生の伴侶を探す。

その命の有り様を最後の一週間にかける。

とても美しい生き方だと思う。

 

「蝉みたいに生きたいんだ」

 

ある時彼女は眠たげにそう言った。
僕は彼女の寝不足の理由を知らない。

 

「どういうこと?」
「もういいかな、って思ったらセックスして子供産んで、顔だけ見たら育てずに死にたい」
「子供を育てたくはないのに、作りたいとは思うの?」
「生まれてきたからには命は繋いだ方がいいんじゃないかなって思っただけ。別に子供が作りたいわけじゃないよ」
「それで生まれてきた子供はどうなるんだろう」
「私の子供だよ?きっとひとりでも好き勝手に自由に生きていくよ」

それ以上言葉はいらない、とでも言いたげに目を細めて、彼女は灰色のフードを深くかぶった。

 

すぐに寝息が聞こえてくる。

彼女の、誰にも邪魔をされない時間が再び流れ始めた。

 

もう、すぐそこに夏が来ていた。