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DRILLOOOON!!!!

だいたい1000字くらいで20歳の夏の思い出を書き溜めます。

世の中、ずるいやつばかり。

サンフランシスコのデザイン会社で一週間インターンをして感じた「デザイン系美大生」と「一般文系」の感覚の違い

17時間前の過去からこんにちは。サンフランシスコ最後の夜を過ごす0024です。

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どこの会社に行ってたかとか、何をやってたか、はいずれそのうち某メディアに載せていだたくので、そちらで記事を書いていただいたら改めて書きますね。実名と写真でますね。ちょっと恥ずかしいな。

 

あるプロジェクトをやっていました。

メンバーは、デザイン系の美大生が二人と、一般大の文系が僕含めて二人、もう一人が長期インターンのエンジニアの学生。

 

そこで感じた美大生と一般文系の違いについて、今回は書いていきます。

特に、今文系の人や、一般大卒でその後クリエイティブ方面の方と仕事をしたことがない方に読んでもらいたいです。

もちろん、今回書いていることのサンプルはとても少ないし、外れ値であることは否めません。美大生の中でも優れている人たちに当てはまることなんだと思います。

でも、明確に「これは普通の一般文系はもちろん、どんなぶっ飛んでる一般文系とも違うな」と思った部分をピックアップしています。

違い① 美大生はナチュラルに「何ができるのか」を問われ、区別される。

結構衝撃でした。

CEOが美大生の子に聞いていました。

「で、君は何ができるの?」

 

聞かれた方もそれがさも当然かのようにスラスラと答え、「じゃあこれとこれやりましょう」と話が進んで行く光景。

文系の僕からしたらなかなかカルチャーショックでした。

 

学生のうちから「能力」が当然の尺度として存在し、まずこれで評価が決まる。

後で聞いた話では、「ポートフォリオは見せた瞬間の数秒で判断される」とのこと。

文系からしたらなかなか厳しく見えます。

 

あなたは答えられますか?

 

「今までやってきたことは何?」

「何ができるの?」

 

これに返答出来なければ「そこにいても価値がない」ということが突きつけられます。正直、今の僕に答えられる経験はあまりありません。

違い② 人生に対する意識が鋭い。「これ一本で生きる覚悟」がある。

意識が鋭いやつなら一般大にもいる。でも、美大生は鋭さの種類が違います。

どういうことか。順を追って違いを説明する。

 

身近な「エリート文系」を思い浮かべてほしい。つまりは、団体を立ち上げたり学生起業したり海外でなんらかの実績を作ったりしている人たちのこと。きっと、それらの実績により、名だたる大企業やベンチャーに就職を決め、ますます活躍されていることでしょう。

 

彼らと、美大生で尖っている人の決定的な違いは何か。

 

それは、「一般文系は、優秀であればあるほど選択肢に幅があるのに対して、「デザイン系美大生はデザインのみが戦場であるということ。

 

もちろん、優秀な人ならデザインからエンジニアリングや経営まで領域を拡大していくことでしょう。でも基本はデザイン。デザイン一本なのです。

 

文系学生は、「一生これ一本で戦う!」というスタイルよりは、「まずはここで戦い、ゆくゆくはここで戦う!」という「ステップアップ型」ではないでしょうか。優秀であればあるほどどんな仕事もできるし、切迫感もないのでは?

 

「この領域で生き残れなければ、将来食っていくのに困る!」

 

こんな感覚、どんな文系も持てないと思います。僕はそこに「背水の陣の覚悟」のようなものを感じ、密かに尊敬しました。

 

違い③ 美大生の中には、感性ではなく論理で戦う「境界人」もいる

学生のうちから、越境を試みる美大生もいます。

感性の領域の才能が溢れる人たちが集う美大の中で、感性ではなく論理で勝負する人もいるのです。

文系側にははっきりと「感性の領域」「理性の領域」の区別はなく、強いて言えば「理性」かな、といった具合でしょうか。「理性から感性へ」の越境は、得てしてなかなか起こりえません。

 

この違いにどういう価値があるかわかりますか?

説明を試みます。

 

今回の作業の中で一番難航したのではないか、と思うのが「コミュニケーション」です。経営系の文系である僕らと、デザイン系の美大生と、エンジニア系の学生では、考え方も使う用語も異なります。

 

美大生が作る物の設計を「ニュアンスと絵」で伝え、エンジニアが「コード」で実現し、文系が成果物を「言葉」にする。

 

ここに、ものすごいコミュニケーションコストが発生しました。

 

美大生が「設計」し、エンジニアに図で伝える。必要に応じて言葉も使う。

エンジニアがそれを理解するのに一手間。見てわかるものならいいけど、言葉で表現するしかないものはなかなか伝わらない。頭の中にあるものを正確に相手に渡すことは、感性的であればあるほど難しいものです。

 

では、もしここに「感性的なもの」を理解し、「理性的な言葉」に即座に変換できる人がいたとしたら?

 

この問題はすぐに解決するでしょう。それが境界人型美大生です。僕は一人知っていますが、デザイナーとしてもとても優秀な人です。

文系側から理性と感性を両立させている人はなかなかいないのではないでしょうか。特に、学生のうちは。

 

結局、何が言いたいの?

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今回は、デザイン系美大生と文系の違いについてサンフランシスコで僕が感じたことを書きました。

 

ここで僕が言いたいのは、

「美大生の人生の捉え方」は、文系にとって参考にする価値が高い 

ということです。

 

「何ができるのか」で評価され、今の頑張り次第で「将来食えるのか」が左右される。彼らは、学生のうちから自分の領域を極めたり、空いている領域に進出したりして何とか生き残り、勝ち上がることを目指している。

 

そのサバイバル&向上精神は賞賛に値すると同時に参考にすべき点が多いのではないでしょうか。特に今の「ぬるい学生生活」に不安を抱いている文系は。

 

もう一つ参考にすべきは、その「メンタルの軸のブレなさ」です。

逃げ道を作らないことで、そもそも「将来の不安」を認めてしまう。競争にさらされることを受け入れ、逃げずに戦う。これを地で行くその意気は僕もぜひ身につけたいと思いました。

 

最後に、CEOの話を引用して今回の記事を締めます。

CEO 「日本の美大に興味があるから、今度遊び行かせてよ」

美大生「ぜひ来てください!時期によっては○○先生にも会えますよ!」

CEO「アメリカのデザインスクールはすごくてさ。卒業したら絶対デザイナーとして食っていけるように、マジで鍛え上げるんだよね。」

「毎週2つ作品を作って、それを一人ずつ全員の前でプレゼンするんだ。すると、先生がそれを一つ一つ丁寧に詰めていく。全員の前で辱められるんだよ。全部『これはなぜこうしたの?』と聞かれる。『なんとなくです』なんて絶対言っちゃいけない。それが毎週。」

 

「最初は40人くらいいるんだけどね、卒業の頃には15人になる。ついていけなくなってどんどん消えていくんだよ」

 

「僕は負けず嫌いだからさ、クラスメイト全員に勝つつもりでやってた」

「会社を始めた時も、全部の企業を跪かせてやるって言ったもんだよ」

 

厳しい世界で戦う覚悟を決め、実際に成功した人の口から聞く「デザイナーの現実」は、文系にも響きました。

 

自分の領域を決め、なりたい将来像を持ち、努力し、フィードバックしてまた進む。

 

ある意味、当然かもしれないこのワークフローが自然と身についていくデザイン系美大生ってかっこいいな。と思ったのでした。おしまい。

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