夢見るバカじゃいられない
寝不足の渦です。
なんとなく今から2年前のことを振り返りたくなったので書きます。
2014年春、バカだった自分、夢を見る。
学生という身分は特殊だ。
以前tumblerの方に書いた。
非日常の渦 - 意識を月までブッ飛ばすブログ 「学生」という奇妙な生き方
「学生という奇妙な生き方」から抜粋
親からもらった「金」と、報われる努力によって得た「権利」でできた「かよわい羽」でもって浮かんでいるようなものだ。
僕たちは、社会に存在しているだけで、本当の意味での参加はしていないのだ。
飛んでいる間に地上へちょっかいを出すことはできる。
それでも、地に足をつけたことがなく、その足裏の痛みを経験したことのない僕らには、本当の意味で「生きる」ことを知らない。僕たちは、ただただ、いつか来る地上に降りる日までの短い間に、懸命に「歩き方」を想像しているだけだ。
上手く歩けるようになればいいが、もしも二足歩行もままならないうちに地上に降りることになったら…
何が言いたいのかというと、ほとんどの学生は他人の力で生きているということ。命というものを単純に捉えると、それは不思議な状態だ。動物の赤ん坊だって、生まれたらすぐに走り出すというのに。
学生は、いつか自立する日までに、自分の足で立って前に進んでいけるよう、猶予をもらった分速く走れるようになっておく必要があると思う。少なくともそうできないと、ニートや就活自殺という哀しい結果になってしまうような気がする。
ってか、それが学生の本分だろう。
今はそれを忘れてしまうくらい、「勉強する意味」が見えにくい状況にあるのかな。現代社会。
その社会に拒絶される。
すると、『どうして生まれてきたんだろう。自分は何の役にも立たないのかな』
そんな風に思ってしまう。
結果は、誰も幸せにならない。
学生は、自分たちは特殊だ、ということを自覚して、頑張る必要があるんだ。そう思えない人は、ぶっちゃけ言いにくいけどバカなんじゃないかと思う。
僕はバカだった。
いや、今はそうではないとも言い切れないけどさ。
少なくとも、大学に入った後で「自分で慎重に考えて、生き方を選ぶ」ということをしなかったのはバカだった。自分が本当にやりたいことを考える前に、目先の「それっぽい人物」に憧れた。「こうなりたい」と思った。
それ自体は間違っていたとは思わない。
だが、それまでの僕の人生を脇に置いて、その人の影響を受けすぎたのはまずかった。
自分のストーリーを見失った。自分の役割を間違えた。
僕は夢見ていた。いや自分を見失ったというべきか。
その人(たち)のように、「人から求められることを的確にこなせる自分」「趣味に突っ込んで大人たちの中で実力を発揮している自分」になりたいと思った。
よく考えろよ2年前の自分。
確かに素質はあったさ。
だが、それはお前が手放しに歓迎するものか?
お前の道はそっちに続いているのか?
いや、わかるよ18の俺、それすらわからなかったんだよな。
東京に出てきて、それまで会ったことがない人種と出会って、すべてが「すげー!!!」ってなっちゃったんだよな。
好奇心が仇となったパターン。
その後しっくりこなかったよなぁ。
周りとも上手くいかなかったし自分のことも一見上手くいっているように見えて全然ダメだった。
自分で考えて動けなかったから当然だよな。
見つけた。
それから1年間、迷走を重ねる。
いろいろあって、なんとか自分が進みたいと思える道を見つけた。
過去の失敗に未だに縛られてはいるけれど、なんとか前を向くことはできている。
あとはそこに人間性を捧げるだけだ。
過去の失敗から学んだことを書いておこう。
- 愚直に突っ込んでも成功しない。が、突っ込まないと成長しない
- やる前の一瞬でどれだけ頭を回せるかが鍵。手を抜くな。
- 引き際を感じたら潔く引く。余計な迷いは不利益のみ。
- バカであると同時にスマートであれ。
- 悩みすぎるな。自分を必要以上に追い込むな。
夢見るバカじゃいられない
僕はもう20歳だ。
って書くといろいろな方面から「まだまだ20歳程度だろ!」と突っ込まれそうだけれど、20歳はやっぱり人生において一つの基準値だ。
そろそろ夢見るバカから卒業しなければならないだろう。
頭をちゃんと使って、毎日しっかり時間を大事にして、つかみたい未来を掴む。
そうじゃないと、いろいろな先達に教わったことが無駄になってしまう。
「あいつ、迷走してたし何もできなかったけど、最近いいじゃないか」
そう言ってもらえるよう、僕は「夢を見る」ことを辞める。「夢を掴む」。
その、新しい記録をつけていくために、今日は2年前からのことをごくごく簡単に振り返りました。渦でした。