読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

DRILLOOOON!!!!

だいたい1000字くらいで20歳の夏の思い出を書き溜めます。

世の中、ずるいやつばかり。

僕のたったひとつの最後の王道と脳内麻薬-鬱からの脱却-

ものづくり

【今週のまとめ】

僕の今週は鬱になったり突然元気になったりと忙しい週でした。特に後半の怒涛の復活はすごかったです。

 

周りの環境に合わせようと必死になって精神に不調をきたした9月初め。

ここはその反動で書き始めたブログですが、書いてみると意外と頭の中身がすっきりしてきていい感じです。まだまだやらなきゃいけないことがたくさんあるのでややブルーではありますが、以前よりはカオスに支配されていません。そう、以前は混沌に支配されていました。

 

僕の頭は時折理性を脇に置いて暴走することがあります。

それは、僕が生業としたいと考えている「ものづくり」に直接影響を及ぼすどころか、毎日の生活体調にまで影響を及ぼします。アップダウンが激しいと体がついてきませんが、制御できないものはどうしようもありません。今日はその辺について述べます。

 

というわけで、鬱最終回のテーマは「ものづくりにおける鬱」です。

 

※来週からはちょっと忙しい日が続いてしまい、毎日更新はきつくなると思うので、自由なトピックで自由に書いていこうと思っています。週に3、4記事は書きたいなと思っています。

 

 

【今日のBGM】

 

鷲崎健さんで「ワルツ」
サビの畳み掛けが神がかっています。昨日までの鬱な気分から一気に雲の上までブチ抜けるようなイメージですね。ぼくの今の気持ちにかなりあってるような感じがするのでこのチョイスです。

 

精神攻撃は基本

こないだまでの僕のいた環境を一言で言えば、「つまらない」が当てはまります。

元来の独裁者気質もありますが、周りに(良くない意味で)異質な、ぶつかり合う人がいて、お互いにゴツゴツとぶつかり合っていたのです。

 

張り合いのない日々が続いていました。

 

もちろん、僕が顔を出す環境はそのつまらない場所だけではないです。

が、その「他の場所」で見聞きし体験したことを元に考えると、与えられた責任と立場の最も重いそのつまらない場所は、僕にとって座るべき椅子ではないように感じてしまっています。

 

いわゆるスマート・クリエイティブ*1と実際に行動をするとよくわかるのですが、彼らは常に自分の現状だしうる最高のアウトプットを目指し、組織の理念を大事にし、周りとぶつかる時にもお互いの私情ではなく最高のパフォーマンスをすることを前提に話が進んでいきます。

 

ところが、僕がいまもいる環境では、ぼくは「槍玉に挙げられる」存在です。

基本的に責められます。それも、僕の落ち度以外の部分、つまりは容姿や私生活を責められることもあります。言葉の暴力、とまでは言いませんが、彼らにとっての僕は「言葉をぶつけても許される存在」なのでしょう。街角の殴られ屋のようですね。僕は言葉で殴られたりこづかれたりしても無報酬なので心が痛むだけです。

 

そんな人たちと1年以上一緒にいた結果、僕は僕を責めることが多くなりました。

 

確かに、彼らの指摘にはうなずけるところも多かったからです。

僕は不完全な人間で、気分の上がり下がりが激しくなってしまうこともあり、時には理性が消えてしまうこともあります。

それを自覚して、なんとかしたいと思っているので、そこを突かれたりするとすごく恥ずかしい気持ちになり、自分を責めてしまうのです。自分を丸裸にされて、身体的特徴をなじられているような感覚がしていました。正直、辛かったです。

 

そんな環境で、どうしてものづくり=やりたいことができるでしょうか?

 

心の強い人なら、毎日少しずつ行動して性格を矯正し、完全な人間へと進化して彼らとうまくやっていけるのかもしれません。

しかしどうやら、僕は考える深さが相当に激しく、落ち込み、行動できなくなってしまう癖があるようです。

 

このようにして、僕は、つまらない環境にいる人たちの槍玉に挙げられながら、自分を鬱の海溝へと引きずり込んでいたのでした。

 

自分のゴールにたどり着くための、たったひとつの王道

僕は自分で考えている以上に人から言われたことを気にするタイプのようで、自分を責めまくる日が続きました。

 

髪の毛も随分抜けました笑

 

ところがある日(わりと最近)、そんな鬱の海溝から、海面に顔を出せている時間があることに気づきました。

 

ゲームの企画書を書いている時、ロゴをデザインしている時、最近気になっているアーティストの曲をdigっている時、YouTubeで好きなクリエイターの動画を見ている時…

 

どれもこれも、クリエイティブに関連することばかりでした。この辺で、僕は自分をしっかりと見つめ直す機会を得ました。

 

この時点では、気が紛れているだけだ、俺は自分の欠点を直すために孤軍奮闘すべきだと思っていました。

 

 

この考え方が、三日前に変わりました。

 

たまたま泊めてもらった友人の家でとてもおすすめされて読んだ漫画。

「リアル」という、スラムダンク井上雄彦先生が書いた「車イスバスケ」をテーマにした作品です。

そこに、こんな言葉たちがありました。

今いる場所がつまんねえ職場だろうと
俺の道であることに変わりはねえ
俺のゴールにどうやってつながるかは知らねえが
いつかつながることだけは確かだ

 

出典「リアル」6巻

 主人公のひとり、野宮の「まっすぐさ」を象徴する一言。

 

あたしの真ん中にあるのが王道ならしょうがない
真ん中をつきつめるしかないもの
それで他の人に負けるならしかたない
でもそれもしないで描きたくもないものを描いちゃったら
最初から自分に負けたのと同じ
そうでしょ?

 

出典「リアル」14巻

車イス生活を送ることになったヒロインの一人、夏美の言葉。漫画家になることを決意して頑張る姿と、「自分に負ける」という言葉に後頭部をフライパンで殴られたような気分になりました。

 

打ちのめされた時
人は真価を問われる
下を向くのか前を向くのか
あきらめずにチャレンジし続けられるか
それがーーー
才能や経歴に隠れて見えないが一番大切なーーー
心の資質

出典「リアル」11巻

 

 リハビリ施設の先生の言葉。前を向け、と言われているような気がしました。

 

 

 

これらの言葉に心が震えました。

漫画を読んで眠れなくなったのは久しぶりでした。

今、僕は自分のたったひとつのゴールに繋がる道を見つけた気がします。

その道を繋げてくれたのは、友人と、井上雄彦先生と、二人の先輩でした。 

冬寂<ウィンターミュート>がやってくる

朝の4時までかかって「リアル」を読み終わった6時間後、僕は北千住にいました。

中学から6年間一緒にいた友達と久しぶりに買い物をするためです。寝不足でした。

彼が寝坊で遅刻したので、特に問題はありませんでした。

 

その時の買い物は非常に楽しかったです。

その日が誕生日の彼に好きなものを(ほぼ)なんでもプレゼントしました。

帽子と、アクセサリーと、CDレコードをプレゼントしました。

 

人にものを贈るのがこんなに嬉しいことだとは知りませんでした。

彼は、僕の誕生日にお返しをしてくれるそうです。楽しみです。

 

ここでもまた気づくことがありました。

「誰かのために行動したくなる」のは、その「誰か」が喜ぶ姿が見られるからです。

「心の底から喜ばせたい誰か」を見つけるのは並大抵のことではありません。

でも、仕事をするにはその「誰か」をはっきりと思い描き、その人のためになんでも使うまっすぐな気持ちを持たないといけないということがわかりました。

 

この日の夜、僕は一人の大好きな先輩と電話をします。

その人は、僕を心配してくれている人でした。一番、ぼくの心的状況をわかってくれている人でもありました。この人との電話で、ぼくは初めて「弱音」と「本音」を吐きました。

 

「今いる環境がつらい」

 

と。

先輩は、「その状況の一端を作ったのは自分だ、申し訳ない、お前は悪くない」といって慰めてくれました。聖人かと想いました。

 

次の日。つまり昨日、別の、一番尊敬している先輩とまた話す機会を設けていただきました。

この人は、いつもぼくに「面白い話」を持ってきてくれて、時には様々な相談に乗ってくれるスゴイ人です。ぼくの人生に少なからず影響を与えてくれた人です。

 

そのスゴイ人は、ぼくが前の日に話した先輩から色々聞いて、電話をくれたようでした。

 ぼくの今いる環境をとても理解してくれて、力になると言ってくれました。身が奮い立つ気持ちがしました。なんて心強いんだろう

 

そして、ひとつのチャンスを紹介してくれました。

 

ぼくは今日、その大きなチャンスを活かす入り口に立つことができました。

その先に続いていく道が自分のゴールへつながっていると信じて、自分のたったひとつの王道を歩んでいこうと思います。今後はその様子をここに書いていけたらいいなと思っています。

 

 花の雨のように、からイデアがこぼれおちてくる時間

何かを一生懸命に作っている時。

ぼくは周りが見えなくなり、自分のなかの声にがっつり耳を傾けています。たぶん、脳からなんかしらの神経麻薬でも出ているのでしょう 。集中しすぎて、頭がどっかに飛んで行っている感覚です。これが、言うなれば「正の理性破壊」でしょうか。

 

このゾーンに入ってしまえば、あとは時間の問題で、僕は何があっても作品を完成させられます。このゾーンを呼び起こすには、自分の心にしっかりと向きあって様々のことをしっかりと整理し、そぎ落とし、最後に残る形を見極める作業が必須です。途中で集中が切れてしまうと、いいものはできません。これらの作業は一人でも複数人でも必要です。ぼくにとっては必要な時間なのです。ひとたび「正の理性破壊」が起これば、ぼくは自分のなかにある引き出し*2フル活用してものを作ります。

 

こんな扱いにくい魂に生まれたことを恨まないではないですが、自分の道が自分のゴールに続いていることを信じて、頑張るしかないようです。

 

これからも、僕のprojectを、GiGを応援してくださるとありがたいです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

 

GiG photo.#6[Shibuya Sprawl City]

f:id:GiG:20150919014403p:plain

*1:How Google Worksによれば、"スマート・クリエイティブは、自分の”商売道具”を使いこなすための高度な専門知識を持っており、経験値も高い。(中略)だが、他の業界では、医師、デザイナー、科学者、映画監督、エンジニア、シェフ、数学者などがスマート・クリエイティブになるかもしれない。実行力に優れ、単にコンセプトを考えるだけでなく、プロトタイプをつくる人間だ。"とある。ここでは、自分で考えて行動し、組織のため、ひいてはプロダクトを良くするために行動する人を指している

*2:例えば今まで読んだ本や見た映画やプレイしたゲーム、聴いた音楽、スポーツの試合、体験したこと、旅先で見たもの、ぼーっと考えていたこと、これまでに見た夢などです