DRILLOOOON!!!!

だいたい1000字くらいで20歳の夏の思い出を書き溜めます。

世の中、ずるいやつばかり。

負けた。vs 外銀志望マン

渦です。久々になんとも落ち着かない気分。。

 

今日はある会社のインターンの説明会に行った。

名前はほとんどの人が聞いたことのないような会社だけど、立派なオフィスを構えた一部上場企業。今日は極めてクローズドな会で、少人数での開催だったけど、その分たくさん質疑応答できてよかった。

インターンも会社の仕事も内容はおもしろそうで、学生への期待と、時間とお金をかけてくれる姿勢がよく伝わってきた。

 

その説明会の後で。

 

参加した人たちが少人数だったので、会社を出る前に軽くその場にいた人と情報交換をした。「どこそこの業界見てる」とか「こういうのが不安」とかそういう話。

すると、スーツで参加していた男二人が雑談を始めた。

雑談、というより「語り始めた」と言った方がいいかもしれない。

続きを読む

連続短編煎餅小説 テンピボス - 第1話「インスピレイト・ドライ・ソング」前編

何か腐ってるのか?と疑うくらいにはひどい臭いがした。

雨の日の地下鉄の空気は最悪だ。

f:id:GiG:20160524121402p:plain

正真正銘、腐った目をしたサラリーマンの連中が汗だくになりながら一生懸命にスマートフォンを覗き込んでいる。そこに自分の居場所を求めるかのように、自分が「この世」という舞台の演者であることを確認するかのように、その目はマルチタッチの液晶パネルに食らいついていた。

 

続きを読む

日曜日は魂の姿勢を正すのにいい日だ

1日じゅう星を見ていた。

 

昨日までは、人と会って、仕事の予定を組んで、資料を作って、寝て、映画を見て、ゲームをして、本を読んで、酒を飲んで、一通り今の自分の思想を語ってみて、誰かのタバコを吸って、金を払って、眠る前には携帯の光る画面の中を見ていた。

 

今日になった。目が覚めたのは朝だった。

 

それから何度も何度も眠った。昼間に起きだして家にあったパンを何切れかかじって、またしばらくしたら眠気が襲ってきたから寝た。

 

いろいろな所からメッセージが飛んできていた。

部屋にはたくさんの本が転がっていて、「俺を読め。読んで先に進め。考えろ。考えろ」と喋りかけてくる。うるさいな。

 

全部の声を無視して、俺は俺の時間を過ごしていた。

 

今日の天気は晴れだったのか曇りだったのか、雨が降っていたのかも知らない。

 

ただ、1日じゅう星を見ていた。

 

俺は俺という体を離れて完全に自由だった。

 

いずれ、技術が進んでいけば、人は人の体から意識だけを切り離せるようになるはずだ。俺はそれを技術に頼らずに今実践して見せている。

実を言うとこうやってパソコンに向かって文字を打つのも億劫だ。

 

俺は俺であった。

何にも縛られない意識だけの存在であった。

ただのひとりで、ただのひとつの存在であるべきだ。

 

それが還るべき場所なんだろう、と思う。

死の一瞬手前にいたると、「そうか。そういうもんだったのか」とみんなが気付くんだ、と思う。俺はもう気づいてしまった。

 

痛みによって「死」を思い出さなくても、勝利の凱旋中に配下に囁かせなくても俺はもう至っている。

死、とは諦観でも達観でもなく、そこに意識の段階を引き上げることそのものなんだろう。死を思う、ってのはこういう気持ちにあることなんだろう、と思っている。

 

たくさんの人の生き方を目の当たりにしてきた。

現実に立ち向かう人たちは美しい。人間の姿は美しい。

どんな時にあっても、物質世界におけるすべての命は美しい。

 

では、俺も美しくありたいと思うのが自然だろうか。

 

そうだろう。

 

物質世界の俺もまた戦って死ぬんだろう。

人の行動を知って、理解して、説明できるようになって、新しくして、次の問いを作るんだろう。

 

だけど、意識のステージにおいては満足してしまっている。

人間の到達できる意識の限界を垣間見てしまっている。

世界宗教、なんて言われるものを作った仏陀やキリストやマホメットみたいな連中もこういう気持ちだったんだろうか。

 

彼らと俺の違いはその「精神世界の成果」を「物質世界」へ還元したかどうか、そこに自らの人間性を捧げたかどうか、ってところか。

 

現実世界、物質世界にいる時、俺は人間の美しさの可能性を追求したいと思う。

虚構世界、精神世界にいる時、俺は自分のいる場所を遥か彼方から見下ろす。

 

今日、じっくり時間をかけてそこに至った。

明日、また俺は戦いの中に戻っていく。

 

一日中星を見ていた。

一日中星を見た。

星を見ることで、整理できた。

 

みんな美しくあれ、一人残らず、輝く星であれ。

その姿を最後の最後に自分で確認して、満足して逝け。

俺はそれをずっと見ていたい。

そのために、日曜日は一人になりたい。

禅を組んで、魂の姿勢を正したい。

それだけでいい。そうできれば、俺は俺でいられる。

 

ゴールは見えた。先に心だけがたどり着いてしまった。道のりは遥か先。その道の行き方を、征き方を、生き方をやっとつかんだ気がする。

ここがスタートラインではない。数十億年の昔にスタートラインは出発していた。俺は道を取り戻したかつての誰かの魂でしかない。ゴールを見失っていた誰かでしかない。それが俺の正体だ。

 

人間をアップデートしていく。それが最短ルートであり、急がば回った結果であり、正しい俺たちの道だ。

 

もう大丈夫。姿勢は正せた。

 

また、明日。目を閉じれば、物質世界にログインだ。

戦って死ねよ、俺。

自分の役目を全うして人生を終えたい

はい。明日から札幌入りで地味にワクワクしている渦ですよ。

昨日と今日はいろいろ自分の人生が進んだな、と感じた出来事がありました。

 

出会って3秒で尊敬できる人たちとの再会・出会い。

まず一つ目。渋谷で行われたあるドローンに関するイベントで、自分の先を行く、度々お世話になっている人に「やりたいこと」を話したら、「すごい面白い!それやろうよ!誰か会いたい人がいたらつなぐよ!」と言ってくれました。やったぜ。

しかも、同じ会場で、自分たちの「今」をかけて戦っている年が近い仲間たちにも再会できて、「お互い頑張ろうな!」とポジティブな切磋琢磨を確信できました。

 

それだけでも相当前に進むエネルギーをもらったのですが。

 

今日は、就活関係のイベントで、志高く努力している同い年の女の子と同卓でした。

この人がすごくいい人だった。いい人に会えると嬉しい。

企業の人に向かってする質問の鋭さや真剣さ、そしてなにより初対面のメンバーに対する気配りがすごくて「こんな人がいるんだなあ」と感心させられっぱなしでした。

彼女も彼女でどうしてもやりたいことがあって、それに向かって真剣に走っている人でした。帰りの電車で一緒になって、いろいろ話を聞けてよかった!僕は人として尊敬できる人が大好きなので、初対面なのにその人のことをちょっと好きになってるかもしれないです笑

 

「意識高い系(笑)」を乗り越えた人たち

こういうイベントとかに行く学生ってやっぱりどうしても「意識高い系(笑)」みたいに思われがちだと思います。実際、たまに「この人は自分に酔ってるだけ…?」という人もいます。僕も昔はそうだったと思います。心や見せかけだけ立派になろうとして、経験や努力がついていかない、歪つな人間でした。

でも、その「歪さ」が原因でいろいろな失敗を繰り返して、何度も凹んで(このブログの初期の方の記事はそういうことばかり書いてます)、今は「基礎」をしっかり修める地道な努力や、失敗を恐れない度胸、他人を尊敬できる心の余裕がやっと身についてきました。長かった。

自分よりももっとうまくやった人が大半だと思うけど、そういう頑張っている人が集まるイベントに行くと「自分の問題」を乗り越えてきた人は何人かいます。僕はそういう人に会いたくてイベントに行っている、ともいえます。自分が問題を乗り越えた段階に至って改めて「向上心を持っている同世代」に触れると、とても嬉しい気持ちが湧いてくる、ということも知りました。

 

自分との再会。「役目」との出会い。

そうやって、自分の心と向き合って乗り越えて、同じような経験をした仲間と出会って話して…を繰り返していたら、だんだん、自分の「役目」のようなものも見えてきました。人生の使い道、とでもいいましょうか。

 

すると、すごく心が落ち着いてきました。その役目を果たすために、今、この瞬間を全力で捧げる。それができるお金と時間のある程度の自由がある。こんなに素晴らしいことはないんじゃあないか。そういう考え方に至ったのです。

 

時間はたくさん、しかも上手に使わなくてはなりません。生きているうちはずっと。

それくらいやってやっと果たせるかどうか、という難しい役目です。

でも、僕らはそこに向かいたくてしょうがない、そういう人種です。

 

「自分」に出会ってしまったのです。

 

その深い納得感が、「役目」を義務ではなく自然なものとしてすっと心においてくれたのでしょう。

 

人生をかける価値のある役目。それが果たせたらどんなに幸せか。

それを夢見て、突っ走る日々が、気がついたら始まっていました。

 

最後に、僕がずっと心に留めているエピソードを書いて今日の記事を終わります。

光になって、消えていく。

2003年5月9日。鹿児島から飛び立った小惑星探査機「はやぶさ」のミッションは、小惑星イトカワ」へ行き、太陽系や地球の起源を探る手がかり石や砂を持ち帰ることでした。世界でも例のない難しいミッション。はやぶさはたった一機で、宇宙の静寂の中を進んでいきました。

 

太陽フレアに遭遇して太陽光パネルが回復不能な劣化を負ったりしながらなんとかイトカワにたどり着いたのは9月。地球を出て4か月が経っていました。

 

イトカワでのサンプル採取も難航しますが、地球側のスタッフの努力により、「なんとか手に入ったらしい」ということで、地球に帰ろうということになります。

 

ところが。はやぶさの中で、燃料が漏れていたことが発覚。その影響ではやぶさは大きく姿勢を崩し、さらに通信が途絶してしまいます。通信が復活すると、はやぶさは推進力をほとんど失っていました。地上側の努力で、姿勢制御はなんとかできましたが、この影響で、2007年夏に帰還する、という予定は3年遅れることになりました。

2006年3月6日、この時、地球からは3億3,000万km。その距離を、はやぶさは秒速3mで進んでいました。孤独な旅だったことでしょう。

 

そして、ついに2010年6月13日。出発から7年、多くの困難を乗り越え、ほとんどの装置が壊れたまま、はやぶさは大気圏に再突入します。そのミッションの成果であるカプセルとともに。


はやぶさ 大気圏突入

 

f:id:GiG:20160527000515p:plain

 

僕はこのはやぶさのミッションに、どうしても人生を重ねてしまいます。

世界でも相当難しい役目を、最後まで諦めずにしっかりとやりきった姿。その最期は、この世のものとは思えないほどの美しい光となって消えたのでした。

 

僕も、このはやぶさのように、自分の役目を全うして人生を終えたい。

 

最期の最期に、燃え尽きる前にはやぶさが見た景色。それはそれは格別なものだったことでしょう。僕も死ぬ時はこんな風に薄目で「世界」を見て、ちょっと笑って死にたい。

f:id:GiG:20160527002520p:plain

 

じゃ、明日も早いので、そろそろ寝ます。お休みなさい。渦でした。

 

近況報告 - ゼミとインターンと私

うおおー!何だこのリアルの忙しさは!

ブログを更新する暇がないじゃない!(言い訳)

という感じでここ1週間過ごしております。渦です。

f:id:GiG:20160524142550j:plain

今月〜来月にかけて、ゼミの研究が最初の一山に差し掛かったり、サマーインターンの選考があったり、説明会があったり、サークルの引退が目前に迫っていたりとなんだかめまぐるしい感じなのです。

 

しばらくは「ザ・大学生日記」になるかもです。

それでもブログはできるだけ更新したいです。

 

テーマにはちょっと反するかもしれないけれど、その日あったことだけでもいいから皆様にお届けできる形に整えて書き残したい。

 

これが都内のちょっと行動的なノンスキル私立文系大学生の3年めのリアルなんだ、と言うのをお届けできれば!幸いです。

 

ちょっと前に書いてたようなこういう系の記事になるかと。

project-gig.hatenablog.com

project-gig.hatenablog.com

とはいえクオリティも保ちたい

日記だけじゃあみなさんを満足させられないと思います。

そこで、「下書き」に数日に分けてちょっと力入れた記事を書き溜めることにしています。

 

今、下書きに入っているのは、

「意外と知らない、商学と経済学と経営学の違い」

「連続短編煎餅小説 テンピボス」

の二本です。

 

以下、あらすじ

商学・経済学・経営学は、高校生が大学を調べるに当たって絶対直面する、「商学と経済と経営って何が違うの…?」という疑問に答える記事になっています。

というか、実際大学生でも答えられる人少ないんじゃないかな?

 

「テンピボス」は僕の「おせんべい愛」をふんだんに盛り込んだ短編小説集(連載)です。登場する予定のおせんべいは30種以上!お気に入りの煎餅がある方は要チェックですよ!

 

忙しい時にこそちょっとずつ成果を出してみよう

というわけで、近況報告&ブログはできるだけ更新止めずにクオリティも保つ宣言でした。

こういうリアルが忙しい時にこそ、ブログって面白くなると思うし、書く側にとっても大事な存在になっていくと思います。

 

細かく細かく成果を積み重ねていくことで、防げる失敗を防ぎ、小さく成功していく。

インターン先の社長は「仕事の基礎がしっかりできているかどうかでクオリティは全然変わる。だから基礎をちゃんと修めるべき。」と言っていました。

 

なので、とにかくミニマムにいろいろ発信していきます。

辛くなったら正直に書くので構ってください笑

 

忙しくても好奇心は相変わらずとどまることを知らず、やりたいことだらけな渦でした。また近い内になんか書きます。

夢見るバカじゃいられない

寝不足の渦です。

なんとなく今から2年前のことを振り返りたくなったので書きます。

2014年春、バカだった自分、夢を見る。

学生という身分は特殊だ。

以前tumblerの方に書いた。

非日常の渦 - 意識を月までブッ飛ばすブログ 「学生」という奇妙な生き方

 「学生という奇妙な生き方」から抜粋

親からもらった「金」と、報われる努力によって得た「権利」でできた「かよわい羽」でもって浮かんでいるようなものだ。

僕たちは、社会に存在しているだけで、本当の意味での参加はしていないのだ。

飛んでいる間に地上へちょっかいを出すことはできる。
それでも、地に足をつけたことがなく、その足裏の痛みを経験したことのない僕らには、本当の意味で「生きる」ことを知らない。

僕たちは、ただただ、いつか来る地上に降りる日までの短い間に、懸命に「歩き方」を想像しているだけだ。
上手く歩けるようになればいいが、もしも二足歩行もままならないうちに地上に降りることになったら…

何が言いたいのかというと、ほとんどの学生は他人の力で生きているということ。命というものを単純に捉えると、それは不思議な状態だ。動物の赤ん坊だって、生まれたらすぐに走り出すというのに。

 

学生は、いつか自立する日までに、自分の足で立って前に進んでいけるよう、猶予をもらった分速く走れるようになっておく必要があると思う。少なくともそうできないと、ニートや就活自殺という哀しい結果になってしまうような気がする。

 

ってか、それが学生の本分だろう。

今はそれを忘れてしまうくらい、「勉強する意味」が見えにくい状況にあるのかな。現代社会。

 

その社会に拒絶される。

すると、『どうして生まれてきたんだろう。自分は何の役にも立たないのかな』

そんな風に思ってしまう。

結果は、誰も幸せにならない。

学生は、自分たちは特殊だ、ということを自覚して、頑張る必要があるんだ。そう思えない人は、ぶっちゃけ言いにくいけどバカなんじゃないかと思う。

 

僕はバカだった。

いや、今はそうではないとも言い切れないけどさ。

 

少なくとも、大学に入った後で「自分で慎重に考えて、生き方を選ぶ」ということをしなかったのはバカだった。自分が本当にやりたいことを考える前に、目先の「それっぽい人物」に憧れた。「こうなりたい」と思った。

 

それ自体は間違っていたとは思わない。

だが、それまでの僕の人生を脇に置いて、その人の影響を受けすぎたのはまずかった。

 

続きを読む